アンテナ○

HF 逆Vスタックアンテナの製作実験


 2002年5月、静岡県市町村コンテストに移動して、電信マルチバンド部門に参加しました。移動してのマルチバンド部門への参加は、ほぼ初めての経験であり、アンテナの設営に苦労しました。
 ローバンドのワイヤーアンテナはあとで滑車で上げれば良いので、そんなに苦にはなりませんが、ハイバンドのトライバンダーは結構な重さがあるので、オバケマストを伸ばすのに苦労しました。
 そこで、考えたのがこのアンテナです。HFの4バンドをワイヤーアンテナとしてしまいました。


 国内コンテストにマルチバンド部門へ移動運用して参加しようとすると、案外ネックになるのがHFハイバンドのアンテナです。2〜4エレのヤギアンテナを用いれば理想的ですが、重いために設営に苦労します。そこで、軽量化したアンテナを作ることにしました。
軽量化するためにはワイヤーアンテナにすれば良いのですが、ただの逆Vではゲイン不足に感じます。そこで考えたのがこの「逆Vスタックアンテナ」です。

短波の国内伝搬と打ち上げ高

7MHz〜28MHzで国内とQSOするための主な伝搬モードを次の3つに分け、それぞれの打ち上げ高について考えてみます。

A. 電離層反射

EスポもしくはF層による反射を利用した伝搬で、コンディションに左右されますが、開けてしまえば信号は強力です。
上空にある電離層を利用するため、ある程度の打ち上げ高が必要です。E層は地上100Km〜130Kmに、F層は地上150Km〜450Kmにあると言われていますの。これを元に、自分の住む静岡市から日本各地に電離層反射で伝搬する場合の打ち上げ高がどのくらいになるのか考えてみました。ここでは仮にE層の高さを100Km、F層の高さを250Kmとしました。

電離層の高さは変化すると考えられますのであくまで目安です。

B. 電離層散乱

 スキャッターと呼ばれるものです。14〜28MHzにおいて、電離層反射伝搬ではスキップしてしまう地域とのQSOが可能になります。ただし、信号は弱くしか聞こえてきません。
打ち上げ高は低い方が良いと言われています。(実際の散乱点は太平洋上?)

C. グランドウェーブ。(ここでは広義の意味でのグランドウェーブとします。)

 電離層を利用しないので短波らしい伝搬ではありませんが,関東に開けた山の上に行けばかなりの局数ができます。
当然、打ち上げ高さは低い方が良いはずです。


以上より、伝搬モード別に様々な打ち上げ高に対応する必要があるということになります。

シミュレーションしてみる

 逆Vアンテナは水平面の指向性が双指向性であるため、静岡においては、北西-南東方向に張ると、指向性が北東-南西方向となり、日本国内がほぼカバーできてしまいます。そこで、今回は水平面の指向性は無視し、垂直面の指向性、つまり打ち上げ高を考慮してアンテナシミュレーションを行ってみます。コンテスト用とするため、7,14,21,28MHzの4バンドを対象としました。

 単純な逆Vアンテナを同一マスト上に4mの間隔を空けて2本配置し、それぞれに給電します。アンテナマストの関係から、上のアンテナを地上から13mh、下のアンテナを地上から9mhとします。

 位相差を付けて給電すると、打ち上げ高も変わることが想像できますので、様々な位相差についてシミュレーションしました。その中から使えそうな位相のみ記してみることにします。アンテナシミュレーターには"AO"(Antenna-Optimizer by K6STI)を使用しました。

-7MHz-

 シングル、スタック共に真上方向にゲインを持ちます。これは地面の影響が大きいためと思われます。低打ち上げ高方向に有用なローブはありません。しかし、国内用ですので、打ち上げ高さが高いということは逆に良いということになります。シングルよりもスタックの方がゲインがあり、しかも下のアンテナに90度位相を付けるとさらにゲインが上がるようです。

14MHz〜28MHzでは、移動運用では最大級のアンテナとなるだろう3エレトライバンダーを10mhに上げたときのパターンも点線を示します。

-14MHZ-

地面の影響で、シングルとした時でも上のアンテナと下のアンテナでは垂直面のパターンが異なることが分かります。
同相でスタックにすると、低打ち上げ角方向にメインローブを持つパターンとなりますが、シングルとのゲイン差はわずかです。ただ、高さがある分、10mhのトライバンダーよりは打ち上げ高さが低く、グランドウェーブやスキャッターに対しては有利と思われます。
7MHz用90度位相ケーブルは14MHzにおいて180度位相ケーブルとして働きます。この位相ケーブルを用いて180度位相(逆相)を持たせると、高い角度に対して有用なローブを持ちます。

-21MHz-

地面の影響で、シングルとした時でも上のアンテナと下のアンテナでは垂直面のパターンが異なるのは14MHzと同じです。
同相でスタックにすると、低打ち上げ角方向にメインローブを持つパターンとなりますが、シングルとのゲイン差はわずかです。14MHzと同じように、高さがある分、10mhのトライバンダーよりは打ち上げ高さが低く、グランドウェーブやスキャッターに対しては有利と思われます。
スタック間隔が波長に対して微妙なため、210度位相差を付けた時に有用なパターンが出たので採用してました。シングル上、下、スタック同相ではいずれもヌルになってしまう垂直面方向に対してビームが出ます。

-28MHz-

地面の影響で、シングルとした時でも上のアンテナと下のアンテナでは垂直面のパターンが異なるのは14,21MHzと同じです。
同相でスタックにすると、低打ち上げ角方向にメインローブを持つパターンとなり、シングルよりゲインがあります。14、21MHzと同じように、高さがある分、10mhのトライバンダーよりは打ち上げ高さが低く、グランドウェーブやスキャッターに対しては有利と思われます。しかし、トライバンダーに比べてアドバンテージがあるとは認められません。

製作

それぞれの逆Vアンテナは単純なマルチバンドダイポールとしました。1つのバランからいくつものエレメントを延ばすタイプのものです。

バランは市販品を使用し、エレメントはACコードを割いたものと安価にすませました。スペーサーはコの字をしたプラスチック製の部材を切断して利用しました。

 全く同じ長さの同軸ケーブルでマッチングボックスに給電します。マッチングボックスには各バンドのスタックケーブルと位相差を得るためのケーブルが納められており、スイッチで切り替えかできるようにしました。スタックケーブルの切り替えには、適当なロータリースイッチがなかったので、ピアノスイッチを利用しました。位相切り換えは普通のロータリースイッチです。接点容量が心配でしたが、50W運用では問題なく動作しました。

マッチングボックス内部回路概略
マッチングボックス外観

このマッチングボックスを経て、無線機に接続されることになります。スタックケーブルにはS-5CFBを、位相ケーブルには5DFBを使用しました。プラスチックの箱にぎゅうぎゅう詰めに巻かれています。スタックケーブル、位相ケーブル共に、測定して長さを決定してください。回路図に書いてある長さはあくまでも参考として下さい。


調整

エレメントの長さをカットアンドトライしてSWRのボトムを希望の周波数に合わせます。スタックにすると、互いのアンテナが影響し合うので、シングルとして上げた時よりも、かなり違った長さで同調するようです。また、多バンドタイプとしたため、目的以外の周波数のエレメントがかなり影響するようで、周波数によっては非常にクリチカルな特性となってしまいました。単位アンテナはトラップタイプのアンテナとした方が良いかもしれません。
各バンドのSWR特性を以下に記します。




設営条件によってもかなり変化するので、その都度調整が必要のようです。また、なぜか他バンドのスタックケーブルを使用した方がSWRが落ちることもありましたので、その場合も合わせて記しました。
マッチングセクションがないため、SWRは高めです。7MHzはギリギリ実用範囲でしょうか。アンテナチューナー必須となってしまいました。

試用

7月某日。平日の夜に大井川の土手に移動し、アンテナを展開してみました。

7MHzでは圧倒的にスタックの効果がでました。シングルとスタックの切り換えでは、
Sメーターで1〜3ほどスタックの方が余計にSメーターが振れます。ただ、シミュレーション結果と違って90度位相を付けてもあまり違いが分かりませんでした。
試しにCQを出して、呼んでいただいた方に比較リポートをいただきました。その結果を以下に示します。

  相手局QTH 伝播 距離 上シングル スタック(同相)
JM2VYE 伊勢市 F層 130Km 58 59
JE0GTK 長野市 F層 200Km 59+15 59+20
JA3IFW 大阪市西区 F層 250Km 58 59
JF5UNF/5 板野郡 F層 340Km 57 59
JH6MBP 熊本市 F層 700Km 59 59

JG2TSL/2大井川町が7MHzじ行ったQSOにおけ受領リポート比較

九州の局からは「わずかしか変わらない」というリポートをもらいましたので、距離があるほど打ち上げ高が低くなり、違いが出ないのかもしれません。。

14MHzではDXしか入感していませんでした。もっとも信号が強くなるのが、同相スタックで、90度位相差では、信号強度がガクっと落ちます。同相スタックと上シングル上との差はあまりありませんが、下シングルでは、信号強度が落ちました。

コンディションが悪く、21MHz、28MHzには比較できる局がいませんでした。

フィールドデーコンテストで使用

 8月3日、フィールドデーコンテストで使用しました。7MHzでの効果が大きく、スタックにすることによって受信信号がググッと強くなります。これが精神的余裕につながり、CQにも力が入りました。

14MHzはあまりコンディションが良くなかったのですが、同相スタックがグランドウェーブ、スキャッターに対してはもっとも信号が強くなります。しかし、上シングルとの差はわずかです。下シングルはそれに比べるとかなり弱くしか聞こえません。電離層伝搬で比較的近くが聞こえる時に、位相を切り換えたり、下シングルにした方が良い時もありました。が、ほとんどの場合、同相シングル使用が強かったです。

21,28MHzはコンディションが悪く、あまり局がいませんでしたが、どの伝搬に対しても同相シングルが強かったです
コンテストスコアもそれなりの点数になりましたので、使えないアンテナではないと思います。

<補足>
2002年フィールドデーコンテストでは、このアンテナを使用して電信電話シングルオペオールバンド部門で全国優勝できました。(2エリアレコード)

順位は→ こちら
バンド内訳は→ こちら

国内近距離Eスポに遭遇

 8月15日、岡部町高草山中腹に移動運用しました。21MHzで近距離Eスポが出ていましたので、下シングル、上シングル,スタック(同相)、スタック(210度)、の内でどれが最も強いのか比較してみました。(強い順に順位付。同順は同じくらいの強さということ) QSBが激しいため、Sでいくつ違うという比較ができなかったのです。結果は以下のとおり。

  相手局QTH 伝播 距離 下シングル 上シングル スタック(同相) スタック (210度)
JJ2GMH 榛原郡 グランドウェーブ 20Km 3 1 1 4
JF2GWS 小笠郡 35Km 2 3 1 4
JN1BGP 館林市 Eスポ 150Km 1 3 4 1
7M2CWD 伊勢崎市 150Km 2 4 3 1
JA3TYB 吹田市 250Km 1 1 1 1
JH0HMT/0 栃尾市 280Km 1 3 4 2
JF5FWZ 新居浜市 490Km 4 1 2 2
JA7JYJ 紫波郡 550Km 1 4 1 1
JI5LOB/5 幡多郡 550Km 4 1 3 2
JP6EAK 神崎郡 750Km 4 2 3 1
JN6EFW 荒尾市 760Km 4 1 1 1
JQ6EQD 佐世保市 820Km 4 1 1 1
JM6NWR/6 鹿児島郡 820Km 4 1 1 1
JK8WMQ 紋別郡 1100Km 4 1 3 2

グランドウェーブに対しては、スタック(同相)が有利、近距離Eスポに対してはスタック(210度)が有利、1000Kmを超えるようなEスポでは上シングルが有利のようです。

アンテナ架設状況。
上は50MHz5el Yagi-Uda"ver.Tenshi"

実験を通じて

ハイバンドはそれなりに使える感じがします。その時のパスがどこにあるか考えながらスタックにするかシングルにするか設定して運用することになります。意外だったのは7MHzにおける効果です。シングルと比較すると、かなりの効果があります。
コンテストに限らず、この方法は国内QSO用として使えると思うので、興味のある方は追試願います。

厳密に言えば、シミュレーション通りの測定結果が得られているとは考えにくい結果に終わりましたが、スタックアンテナと、その位相差の違いにより電界強度が変わったことは確かです。

最後に、製作、調整に協力してくれたJG2CEZ,JL2HIWに感謝します。


参考文献

CQ1983年9月号「3.5/7MHz帯国内QSO用アンテナの実験レポート」(JA5COY著 CQ出版社)
アンテナハンドブック「電波の伝わり方」(JH1DGF著 CQ出版社)
アンテナ調整ハンドブック(JA6HW著 CQ出版社)


おまけ

 このアンテナは7MHzにおける効果が大きいため、国内コンテストにおける7MHz用アンテナに特化して製作しても良いと思います。その場合に考えられるバリエーションを挙げますので、興味のある方は実験してみてください。スタックアンテナとしてではなく、上向きビームの2エレとして考えました。




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