○ EME ○

8N1EME 追い掛け顛末記

 〜Big Dishと交信しよう!〜


久しぶりのEME

 しばらく、EMEの世界から遠ざかっていましたが、昨年より少しずつQSOを重ねています。

 昨年、5月に結婚し、大借金をして中古住宅を手に入れて、引っ越しました。中古住宅には屋上があり、ある程度の大きさのアンテナならば立てることが出来ます。始めはGPだけしか立てていなかったのですが、段々と欲が出てきます。

 自分が結婚する少し前より、JM1WBB関さんが無線に復活し、時折、メール交換をするようになりました。WSJTの普及は以前から知っており、それを使えば、EMEが手軽な設備で出来そうなことも知っていましたが、関さんはそれを最大限に利用して、QRP-EMEで大きな成果を上げています。

 自分もまたやってみたい・・・そう思って430MHz20エレスタックを上げました。これは、某局より無償でいただいたものです。念のため、給電部のチェックをすると、エレメントが錆で真っ黒だったので、それは錆落としで綺麗にしました。仰角ローテーターは8年ほど前に買ってあったもので、久しぶりに動かしてみたのですが、ちゃんと動きました。


 今までは430MHzでは15エレシングルしか使ったことがなかったのですが、20エレスタックだと少し世界が違いますね。SSBで3〜5エリアと何局も交信できました。

 肝心のEMEの方ですが、11月4日に15mDISHのHB9Qとスケジュールを組み、あっけなく交信完了。相手の信号は耳でも聞こえるほどの-16dB、こちらからの信号は-27dBで届いていたようです。これが432MHzの#1でした。

HB9Qの巨大EMEシャック(QSLカードより)


QSOできた時の設備
rigはIC-910D 50W output
左のノートパソコンでネットをチェック。
中央のデスクトップパソコンでWSJTのソフトを動かす。
ノイズの影響を低くするため、USBサウンドブラスターを使用。
手前のメモはHB9Qからメールで送られてきた、「432MHz QRP-EMEの指南書」

その後、chatページなどを眺めているのですが、432MHzは144MHzよりもEMEのアクティビティがなく、相手がみつかりません。

 12月2日、chatページでCQが出ているのに気づき、ワッチするとちゃんとデコードできたので呼んだら出来てしまったのがDL7APV。この局は8八木の局です。dishでない局とも出来るんだなぁ、と思いました。相手の信号は-19dB、こちらからは-28dBでした。-28dBはJT65のデコード限界ギリギリです。

 他にも交信相手がいないかなぁ・・・と思っていたら、「Project BIG-DISH 2007 8N1EME」の情報が飛び込んできました。この局なら簡単に交信できそうだ! チャレンジしてみることにしました。

 どうせチャレンジしてみるならば144MHzの運用もしてみよう、ということで、アンテナを上げてみることにしました。自宅には立てられるスペースがないので、クラブシャックに立てられるよう、クラブのメンバーの承認を得ました。

2月16日

 仕事中にモービルで7MHzCWを聞くと、PR用の8N1EMEが出ているのが聞こえたので、QSO。「CU VIA MOON」と打ったけど、分かったかな?

2月22日

 しばらく使用してなかった、144MHzの14エレスタックを整備。ブーム吊用のロープと、一部のネジが無かったので、ホームセンターで調達。

2月23日

 最新情報をwebで得る。この日から運用が始まるはずだ。事前のスケジュールでは当初は144MHzに出てくる予定だったが、144MHzは送受信切り替えに不安があり、とりあえず432MHzに出てくる、とのこと。仕事が終わったら、速攻で帰宅。ワッチしてみるが、全くデコードできない・・・。
 いろんな人が、この日のためにいろんな計算をしていた。自分も計算してみると、432MHzではBIG DISHは40dBiほどのゲインがあり、それならば10el+50Wで交信できてしまう、という結果を得ていた。しかし、現実ははるかに厳しく、デコードすらできない・・・

2月24日

 この日は、EU EME conetstの日だ。8N1EMEの144MHzのオンエアはいつになるか分からないけれど、とりあえずクラブシャックに144MHzのアンテナを立てることにした。仕事を早々に切り上げ、午後より、クラブシャックに向かった。普段WARCバンドのアンテナが立てられているマストに144MHzの14エレスタックを設置。久しぶりの設営なので手間取った・・・ しかも忘れ物をしてしまい、取りに帰るはめに。取りに帰った時に仕事上のトラブルが発覚し、処理に時間が掛かってしまった。クラブシャックに戻る頃には日が暮れてしまった。

 クラブシャックは山の上にあり、ロケーションが良いので、モービル局の影響を少なくするためにも水平偏波でアンテナを組んだ。

クラブシャックに設営した設備。
ノートパソコンの後ろに見えるのは50MHzのアンプです。

 20時頃よりワッチを始めると、早速HB9Qが聞こえてきた。耳でも確認できる-16dBで強く入感しているので、呼んでみるが・・・全く応答がない・・・。肝心の8N1EMEはまだオンエアしてこないようだ。432MHzには出ているけれど・・・クラブシャックには432MHzの設備が無いのでワッチできない。

 -16dBで聞こえているに届かないのはやっぱりふに落ちないので、アンテナを調べてみた。スタックにすると分からなくなってしまうのだが、片側のアンテナのラジエーターはなんとSWRが3以上ある。片側は正常なのだが・・・こんなアンテナで良く聞こえたものだ。

 ラジエーターはマスプロの八木アンテナのもので、手持ちの予備があるので、交換することにして、クラブシャックを後にした。

2月25日

 この日はクラブシャックに行く予定は無かったのだが、結局、出かけてしまった。昼間は仕事をしたり、家族と過ごしたりして、夜になってから出かけた。まず、アンテナの整備。ラジエーターの交換、2本の仰角のずれの修正等。アンテナ作業は一人では大変なので、JA2JSF大久保さんにもお越しいただき、手伝ってもらった。

 アンテナをセッティングし、早速、ワッチ。HB9Qが聞こえてくるが、昨日ほど強くない。呼んでみるが・・・応答がない。がっくりして、いろいろな可能性を考えた。やっぱりアンテナの老朽化には勝てないのか・・・

 そうこうしてるうちに、144MHzでの世界最強局RN6BNが聞こえてきた。(以前は世界最強局と言えばW5UNだったが、ここ数年の間に逆転したようだ。) -11dBと異様に強力だ。そのままではJAの呼べない周波数なので、chatページでsplit要請をして呼び始める。が、なかなかリターンがない。これだけ強く聞こえていれば届きそうなものを・・・4回目のコールでやっとでコピーしてもらえ、QSO完了。こちらの電波は-27dBでしか届いていなかったようだ。電力差で実に16dB。こちらが50Wだとすると、相手の出力は・・・考えられる値ではある。RN6BNでさえ、ギリギリでQSOなのに、8N1EMEとの交信がチャンスがあるのか?

 HB9QがCQ JAになったので、ひたすら何度も何度も呼ぶのだが、全く応答がない。むなしい・・・ peakでは-19dBで聞こえているのだが、もしも自分の電波が相手より16dB弱いのならば、WSJTのデコード能力以下の信号で以下届いていないことになる。やっぱり厳しいのか。

 アンテナにはローテーターも仰角ローテーターもついていない。全て手回しだ。アンテナの向きを変えに、何度、屋根の上に上ったことか。

 8N1EMEはHB9Qよりも弱い?、と思い込んでいたので、chatページに8N1EMEが現れても、ひたすらHB9Qを呼び続けた。いい加減HB9Qからの応答がないので、8N1EMEの周波数をワッチしに行くと・・・なんと音でもくっきり聞こえてきた。パソコンの表示は-13dBだ。強い! HB9Qよりもはるかに強いし、RN6BNとそんなに変わらないじゃないか! 昨日の432MHzの弱さは何だったのか?

 QRZ JA?だったので早速呼び始めるが、他のJAの局に先を越される。projectメンバーでもあるJH2COZ井原さんが8N1EMEを呼ぶ電波はグランドウェーブで聞こえてきた。井原さんの送った「OMOIDEWO ARIGATOU」のメッセージははたから見ていても感動的だった。

 次こそ、次こそ、と呼び続けるが・・・他にJAで呼ぶ局がいなくなっても、結局、応答がなく、オープン戦になった。

 ヨーロッパの局が次々と呼び出す。RU1AA、YU1CF、EA3DXU、他たくさん、呼んでる局もデコードできてしまう。spectranの上にもいくつもの同期信号が見える。WSJTのパイルアップとはこういうものなのか! 自分も混じって呼ぶが、ヨーロッパの強豪に打ち勝てるはずも無く、あえなく退散・・・
家に帰って寝たのは03:00だった。

2月26日

 クラブシャックにいるJH2UVL望月さんより連絡が入る。強風のため、マストが倒れそうなので、144MHzのアンテナのマストを縮めておくとのこと。やはり仮設状態では設営しっぱなしは辛いらしい。

3月2日

 3月3〜4日は建築士会の会議で泊りがけで三重県四日市市に行かねばならない。144〜1200MHzの運用は3月4日までと聞いているので、この日が自分にとってはラストチャンスだ。

 クラブシャックには20時に到着予定だった。しかし、仕事が長引いてしまい、到着は20:30。マストが縮まったままだったので、これを伸ばす。ついでに、ラジエーターの交換を試みて、アンテナアナライザーでSWRを測るが・・・SWRは単体アンテナで1.8くらいとあまり良くない。強引ではあるが、ラジエーターの位置を多少動かしてSWRの落ちる位置を探した。これではシミュレーション結果と違うアンテナになってしまうね。
 SWRは2つとも1.5程度にはなったので、これで良しにしてクラブシャックに入る。ずいぶんと遅刻してしまった。

 今年の冬は暖冬で、もう花粉が大量に飛んでいる。くしゃみが止まらない。

 早速ワッチすると、8N1EMEが見えた。22:00過ぎだ。-16dBとそれなりに強いのだが、極端にSが上がったり下がったりしている。なんで?と思いながら、呼ぶと、すぐにコールバックがあった! しかし、しかし、しかし!!! パソコンの画面を良く見ると、DT=-0.3だ。DTというのは、相手の送信した時間とこちらの受信した時間の差を表示していて、EMEの交信では2.5〜3.5程度になるのが通常なのに、-0.3だ。ということは、これはグランドウェーブだ。月面反射波がないか?とspectranの中を探すが、それらしきものが見えない。

 8N1EMEからはすでにOOOが戻ってきている。こちらの信号はちゃんと月面反射で届いているのか? それともグランドウェーブで届いているのか? とりあえず、こちらからもROを送って、交信は成立した。が、chatページを見ても、「水平偏波では聞こえないが、垂直偏波なら聞こえる。」といったJAのメッセージが。ああ、8N1EMEと2mWSJTを使用してグランドウェーブで交信してしまった!

 垂直偏波にアンテナを組みなおして、もう1度呼んでみよう。そう思い、またクラブシャックの屋根に上り、アンテナを垂直偏波に組み直した。

 まずはチャットページを見るが・・・すでに8N1EMEは432MHzにQSYした後だった。当初のスケジュールでは2月26日で144MHzの運用は終わりのはずで、今日、144MHzに出てきたのは特別に、ということだったので、この後に144MHzにまた出てきてくれるとは限らない。

 次の日は会議があるから、もう帰らなくてはいけない。アンテナは撤収して帰らないといけない。しばらく悩んだが、再び8N1EMEが144MHzに出てきてくれることを願って、クラブシャックに留まることにした。

 chatページを見ていると、ヨーロッパ各局が次々と月の入りを向かえ、賑やかになってくる。8N1EMEはいまだ432MHzにいる。

 クラブシャックにはホットカーペットがあるので、これの上に寝て仮眠をとった。と言っても、眠れるはずも無く、時折起きて、chatページで8N1EMEの動向をチェックした。

 01:00を過ぎ、いい加減撤収しないといけない時間になってきた。と思ったら、8N1EMEが144MHzに出てきた! ヨーロッパの局と次々とQSOし始めた。今日もヨーロッパ勢に負けてしまうのか? アンテナを正確に月に向けるために何度も屋根に上った。幸い、風はなく、向きを固定するのは楽だった。

 今度はDT=3.2で、確実に月面反射波だ。-19dBと先週ほど強くないが、きっちりデコードする。しかし、こちらは相手より-10dBのビハインドがあるはず。少し諦めながらも数度呼ぶが、やはり他の局に応答があり、自分には応答がない。

 と思ったら、OOOリポートが返ってきた! しかし、その前のタイミングでは自分は操作ミスで呼んでいない。???と思い、もう1度8N1EME de JG2TSLを送信すると、またOOOリポートが返ってきた。今度は確実! こちらからROを送り、交信成立しました。こちらの電波は-20dBで届いていたようで、出力差を考えると出来すぎですが、ファラデーか何かの関係で一方通行的パスになっていたのでしょうか。

(8N1EMEの交信結果を見ると、僕のコールサインが2回登場しますが、こんな理由で2回目のQSOをしたのです。決して保険QSOじゃない、と思いますが、事情を知らない人が見れば、「なんだあいつは?」と思うでしょうね・・・)

 せっかく交信ができたのだから、スクリーンショットをとっておこう、そう思い、操作を始めると、突然、パソコンの電源が落ちてしまった! 時々、通風が悪いと熱でシャットダウンする現象があるのだが、こんな時に起こらなくても良いものを! でもって、交信中にそうならなくて良かったです。

交信時のwavファイルは残っていましたので、貼り付けておきます。耳では本当に微かにしか聞こえませんが、WSJTのソフトに読み込ませると文字になるから不思議です。(パソコンによってはデコードしない場合もあるようです。)
8N1EME_070302_163600.WAV

 しばらく、ワッチしていましたが、もう帰らなければならない・・・その前にアンテナの撤収。アンテナの撤収には1時間以上掛かり、就寝は03:00にクラブシャックを後にしました。就寝は04:00近く。土曜日の会議の眠いこと眠いこと。

3月4日

 四日市から帰ってきて、就寝前に自宅から432MHzをワッチ。お、デコードするじゃん。-29dBと微弱ではありますが・・・
8N1EME_070304_145000.WAV
わずかな期待を込めて呼びますが、他の局に呼び負けてしまった、そうこうしてるうちに日が変わり、さすがに眠いし、次の日のことも考えて寝てしまいました。あと1時間、睡眠時間を削るべきだったのか?


そんなこんなの8N1EME追い掛けの顛末でした。

こんなに大規模な運用を行ってくれた、project memberには大変感謝しています。熱病にうなされたような1週間でした。

日本からこんな大規模なEMEのプロジェクトが行われた時に、それに呼ぶ形でも参加できたのは大変うれしいことでした。

これを書いている3月6日、まだ8N1EMEの運用は終わったわけではありません。144〜1200MHzの運用はすでに終わりましたが、5.6GHzの運用が残っています。この周波数ではアンテナゲインが実に60dB! 500W FMによるEMEを目指しているようです。ある意味、こちらが本番のようなものです。自分には5.6GHzの設備が無いので、聞くことも呼ぶこともできませんが、運用が成功に終わることを祈っています。

(2007/3/6)



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